« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »

失われた地平線 その1

いよいよこの「失われた地平線」を取り上げます。

この作品は私にとっても思い出の作品となっています。
それは、かつてバカラックさんの作品は常に後追いで つまり過去の作品を聴いていたのですが この作品に関しては初めて新曲として待ち受けていたからであります。

確か映画の封切りが1973年の2月でありました。楽曲としましては前年の12月に録音されていました。また、映画情報としても当時は割と大々的に取り上げられたせいもあって豊富であったように思います。(その多くはバカラックさんに関してではなく映画その物に対してでありましたが・・・。

以前の記事では「世界は丸い」をご紹介しました。
今回ご紹介するのは「私になくてよい物を」です。まずは映画のシーンから。

このシーンは映画の中では中程の始め頃に登場するのですが、撮影時ではトップに撮影されたそうです。と言いますのも 当時オリビアさんはディーン・マーチンさんの息子さんとご結婚なされ お腹の中に赤ちゃんがおられたそうで ちょいと激しい振り付けとなっていますのがその理由であったそうです。オリビアさんは 映画の最初の方で「Share the Joy 」を歌い踊るのですが 腹帯をきつく締め 動きの少ない振り付けとされたそうです。

この曲のカヴァーをDiana RossさんとMarvin Gayさんが録音は1973年なのですが 発売されたのは2002年だそうです。

以前私はバカラックさんに出会うまでは映画音楽少年であったと書きましたが バカラックさんに巡り会ってからも毎週日曜日の午後6時からNHKのFM放送でやっていた関光夫さんの番組はほとんど欠かさず聴いていました。

映画のサントラ盤の発売を前にしてこの番組で関さんが特集を組んでくださいました。ちょうど夕食の始まる時刻ではあったのですが 大急ぎでカセットレコーダーを用意し、まっさらなカセットテープを取り出し 鉛筆でテープのリーダー部を巻き取り その間、わぁわぁと何か叫んでいたような記憶も少し残っています。

この時紹介されたエピソードとして覚えていますのは、ヨーロッパを中心に活躍されていたユーゴ・モンテネグロさん(映画音楽を主にカヴァーされたレコードを出しておられ 当時の表記としては「ウーゴ」ってのもあったと記憶しています。)の息子さんがバカラックさんのこの作品のサントラ盤作成にあたって演奏者として オーディションに合格され大変喜んでおられたとおっしゃっていました。関さんらしい情報だと感動した記憶がございます。

オマケとしましてオリビアさんの歌と舞をどうぞ。

どなたかのブログではオリビアさんが歌っておられると書いておられましたが どうやらこの動画の説明にもありますように資料でも歌っておられるのはAndrea Willisさんです。

今回タイトルをその1としましたのは続きがあるからでして、この作品がバカラックさんとハル・デヴィッドさんがコンビを解消した原因について記事にしたいと考えております。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

バカラックさんの掘り出し物 19

いよいよ「掘り出し物」シリーズも19回となりました。20回目の「掘り出し物」は私がそもそもこのブログを立ち上げようと思い立った曲をご紹介したいと思います。

さて、19回目の「掘り出し物」は映画から刺激を受けた(らしい)バカラックさんとハル・デヴィッドさんが作った作品です。映画の題名は「 The Hungman」です。1959年の作品です。

残念ながらオリジナルのJohn Ashleyさんの作品はYou Tubeでは見つかりませんでしたが他の方の作品がありましたので こちらをご紹介いたします。


この動画では全体的にやや暗い印象を残しますが John Ashleyさんのオリジナルではコーラスが明るくて 救われます。
このオリジナルはJohn Ashleyさんのアルバム「 Born To Rock」で入手可能です。わざわざ買うほどの物かはどうかはわかりませんがこのアルバムにはバカラックさんとハル・デヴィッドさんの作品「 The Net」も収録されています。

この1959年はすでにハル・デヴィッドさんとコンビを組まれていますが 先にご紹介したPaul Hamptonさんともコンビを組まれたり、他にはSydney Shawさんとも作品を作られています。

さて、以前にご紹介したバカラックさんのミュージカルは今月後半(だからもうそろそろかしらん)にサン・ディエゴで始まるらしいのですが 詳細が判っていません。出演者の顔ぶれはわかったのですけど・・・。

http://www.playbill.com/images/photo/m/a/magi460.jpg

| | コメント (0) | トラックバック (0)

バカラックさんとニール・ダイアモンドさん

おそらくブリル・ビルディング時代から挨拶くらいの交流は合ったのかも知れません。ニール・ダイアモンドさんとの共作はニール・ダイアモンドさんの1982年のアルバム「 Heartlight 」の後にも存在しました。このアルバムタイトル曲がpop部門で5位AC部門では1位を獲得し バカラックさんにとってはその直前の「 That' What Friends Are For 」もpop部門4位 R&B部門で1位とさせたことで 存在感をアピールされた年でもありました。

ブリル・ビルディングがいわば作詞・作曲とそれから演じる人との分業で成り立っていたところへ、BEATLESが作詞・作曲・演奏とすべてをこなすスタイルに席巻されてからは衰退の道へと進むわけですが 当時はThe Monkeysでブリル・ビルディングは対抗を試みるのです。それなりに効果はあったのかもしれませんが 勢いには結局勝てなかったってことですね。

このMonkeysに楽曲を提供したことのあるNeal Diamondさんは私がバカラックさんの名前や作品を知る前から知っていたシンガーソングライターさんでした。レコードを買うまでにはいたりませんでしたが 親しみやすいメロディとその歌声には魅力を感じたアーティストでした。

先にも述べましたが 1982年バカラックさんはNeal Diamondさんのアルバム「 Heartlight 」ではタイトル曲を始めとして「 I'm Guilty」「Front Page Story」「Hurricane」「In Ensenada」「Lost among the Stars」を共作されております。
以前に私自身は大ヒットした「 Heartlight 」よりも「Front Page Story」を回数多く聴いた一番のお気に入りだったとご紹介した記憶があります。

その後、Neal Diamondさんはブリル・ビルディングから放たれたヒット曲をカヴァーした「Up On The Roof: Songs From The Brill Building」の中でバカラックさんの「 Don't Make Me Over 」を歌っておられます。

今回はこれらの他の共作の作品をご紹介したいと思います。
まず、一曲目は1984年「Turn Around」です。pop部門で62位になっている曲です。

次の作品は同じく1984年アルバム「Primitive」に収められた「Sleep With Me Tonight 」です。アルバムとしては35位になっているそうです。

最後も同じアルバムに収められた曲「 Crazy 」です。これら3曲はキャロル・ベイヤー・セイガーさんの名前もクレジットされています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

THE LOOK OF LOVE

素晴らしい演奏を見つけました。
以前にこのブログではDiana Krallさんのライブ動画でご紹介しました。
これに対抗するにはちあきなおみさんしかおられないとも書いたような記憶があります。
ChrisBottiさんがこの曲を多くの場で演奏されておられるのはYou Tuveでも存じておりました。

この演奏にはバカラックさんご自身も出演なさっておられます。
いつの頃からか、イントロの部分がこのようになったかは 定かではありませんが いきなりサビからってのも いいもんです。
Chris Bottiさんのトランペットの音色も最高ですし、4分過ぎからのトランペットソロがまたまたいいのです。またこのソロパートに入る前にほんの少しエレキギター(ベースでしょうか)が流れるのですがそれもまたいいんです。
この演奏の編曲はバカラックさんなのでしょうか・・・。ピアノ演奏に徹しておられるような気がいたします。
ドラムスの力強いビートもほどよく気持ちいいです。

こういうのをYou Tubeで発見できるってのはいいもんです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

Paul Hamptonさん

私が先にブリル・ビルディングについて触れたのには訳があります。タイトルのPaul Hamptonさんとのコラボ作品を見つけたからです。

ブリル・ビルディング時代のバカラックさんは好むと好まざるに関わらず、音楽出版社から命じられれば 楽曲を一緒に作らされるという立場にあったことは容易に想像がつきます。

それゆえに「職業作家」とも評されるのでしょうが 今ひとつ私にはこのことが理解できておりませんでした。レコード・コレクターズという雑誌でこのブリル・ビルディングを取り上げた特集がありました。

そこでは朝妻一郎氏と萩原健太氏との対談が掲載されておりました。
当時(1950年代から1960代)のアメリカでは音楽出版社についての記述があります。

「まずほとんどの場合、作家(作曲家のことだろうと思います。まったり注)が音楽出版社の専属なの。基本的には作家と契約するわけ。契約して ”年に最低何曲、俺たちがいいと言う曲を提供する”と」
(中略)
ロックンロール以前は音楽出版社に専属作家が作った曲がたくさんストックしてあって、レコード会社のプロデューサーとかが出版社を回って”今度こういうシンガーのためにこういう曲を探してんだけど、何かない?”って言うと ピアノで歌ってくれた。その歌う人を”ソング・プラッガー”って呼んでたの。曲を貼り付けるっていうか、曲を売り込む役。
(中略)
そうやって、ピアノがあっちの部屋でもこっちの部屋でも鳴ってるもんで、ブリキのオモチャがガチャガチャやってるみたいな一帯だね、ティン・パン、ティン・パンうるさい小路だねってことで。”ティン・パン・アリー”って言葉が生まれた。

さて、前置きが長くなりました。資料によればバカラックさんとPaul Hamptonさんとのおつきあいは1958年から1960年の2年間ということになっております。もちろんすでにHal Davidさんともすでに作品を作りヒットさせているわけですが まだ不動の存在と(ご両人はお互いに認めあっておられたとのことですが)なっていなかったのか 契約期間が残っていたのかPaul Hamptonさんとの作品が生まれています。

Paul Hamptonさんは今で言うところのシンガーソングライターで ご自身で作詞作曲もされ、歌も歌っておられます。バカラックさんとの関連で今までとりあげられなかったのは 当然と言えば当然でまったくヒットしなかったのです。

まず一曲目はSonny Jamesさんの歌で1959年発表された「 Dream Big 」です。

同じ年には「 Paradise Island 」を the Four Acesで発表されていますがYou Tubeでは発見できませんでした。
そしてやはり同じ年に今度はPaul Hamptonさんご自身が歌っておられる「 Don't Unless You Love Me 」と 「 Write Me (Lonley Girl 」をたぶんシングル盤として発表されています。

本の少しバカラックさんのメロディの片鱗を聴くことができるような曲です。
残念ながら「 Write Me (Lonley Girl 」は発見できませんでした。

最後のご紹介は不思議な曲です。まるで映画のシーンのバックに流れるようなイメージです。
曲名は「Two Hour Honeymoon 」です。このシングル盤のB面は「 Creams 」という曲があるのですが こちらも発見できませんでした。
type="application/x-shockwave-flash" width="380" height="287" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true">
いわば これらの作品はバカラックさんの黎明期の作品であったと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »