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カーペンターズさん達

この「遙かなる影」は録音段階から A&Mスタジオ周辺を盛り上げたそうです。ハーブ・アルパートさんも大いに気に入り、バカラックさんに電話で聴かせていたそうです。ただ、アルパートさんから シングルでどれくらい売れるか?って聞かれたリチャードさんは、一位になるかもしれないし、全然売れないかも知れないと・・・。

この頃はビートルズ旋風が吹いていて、さらにヘヴィ・メタロックも台頭してきて、カーペンターズサウンドを気に入ってもらえるかの(特に購買層の)若者が聴いてもらえる確信がなかったそうです。

そこでA&Mの広報マンは各地のラジオ局のDJに「愛し続けて」を両A面として送ったそうです。この時、「ゼイ・ロング・トゥ・ビー」の部分を括弧でくくり、「クローズ・トゥ・ユー」としたそうです。リチャードさんの英断でした。元のままではインパクトに欠けるとの判断だったそうです。そして、DJさん達の答えは圧倒的に「遙かなる影」だったそうです。

そして、カーペンターズさん達がタホー湖の北でフロアショーをこなしている間に 急上昇の赤丸付きで56位→37位→14位→7位→3位 そして1位に輝いたそうです。
先の動画で車2台で家に戻ってくる風景が出ているのはこのショーからの帰りだったと言うことですね。

こちらはBBCが作った「遙かなる影」に至るまでのカーペンターズさん物語です。

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カーペンターズさん。遙かなる影

「 The Karen Carpenter Story 」という映画があります。その中に昨日の内容と同じ箇所がYou Tubeでもアップされていましたので ここに載せておきます。ちなみに当時A&Mレコードはチャーリー・チャップリンの映画スタジオを買い取っていました。カーペンターズ兄妹がレコーディング(リハーサル)をやっているときに調整室に入ってこられたのがハーブアルパートさんです。最初ご本人出演かと思ったくらいそっくりでした。

value="http://www.youtube.com/v/rmadRGvvK1s?fs=1&hl=ja_JP&rel=0">
このバカラックさんがカーペンターズさん達を誘ったコンサートは精神に障害を持つ子供達の救済活動をおこなっているライズ・ディヴィス児童研究センターの慈善コンサートだったそうです。
バカラックさんと当時奥さんであったアンジー・ディキンスンさんとの間に生まれた愛嬢も病気になっておられたのでその縁があったのかも知れません。
映画後半でリチャードさんが あの「愛のプレリュード」の元歌をTVCFで見つけるエピソードも入っています。母親から渡される薬が睡眠薬で このときは正規量の服用でしたが後々、これが彼を苦しめることになるのです。
ここでは、他の誰も取り上げないであろう「遙かなる影」とカーペンターズさん達のバカラックメドレーをどうぞ。


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カーペンターズさんとハーブ・アルパートさん

カーペンターズさんはA&Mレコードと契約をします。このA&Mレコードはハーブ・アルパート(Herb Alpert, 1935年3月31日 - )さんが創始者です。(A&MのAです。)そして、彼はパティ・ペイジさんのファンでもありました。
その時パティ・ペイジさんから受けたインパクトをカレンさんの歌声にも感じたそうです。それが1969年初頭であったのです。

その前年にハーブ・アルパートさんは世界的なヒット曲を出しました。それがバート・バカラックさん作曲の<ディス・ガイ>でした。
カーペンターズさんのデモ・テープをハーブ・アルパートさんが聴いてすぐに契約の申し出をすることにされたそうです。

A&Mレコードと契約して半年の間、アルバムの作成に就き 1969年10月9日<オファリング>と言うアルバムをリリースします。そしてその中の一曲ビートルズの「涙の乗車券 」をシングルカットしてリリースします。ビルボード誌のホット・ワンハンドレッド・チャートで最高54位まで行きました。当時A&Mが出した作品の中ではトップだったそうです。

そして、この「涙の乗車券」をラジオで聴いたバート・バカラックさんがジェリー・モスさん(A&MのMです)にカーペンターズさんの独創性がすばらしいと伝えます。
ジェリー・モスさんは彼らがA&Mレコードの新人であることを伝え、カーペンターズさんはビートルズ、ビーチボーイズ、そしてバート・バカラックさんが好きなのだと伝えました。(バート・バカラックさんも同じA&M所属です。)

そして、バカラックさんは 慈善コンサートに出演を予定しておられたのですが その前座にカーペンターズさんを出演させてはどうかと提案されます。
その依頼を受けたリチャードさんは大喜びで あまり知られていないバカラックさんの曲を探し始めるのです。

一方、ハーブ・アルパートさんは<ディス・ガイ>に続くソロヒット曲を求めて バカラックさんの相棒であるハル・デヴィッドさんに 「引き出しにしまいこんである」曲、あるいはすでに誰かが歌っていてもハーブ・アルパートさんのスタイルに合いそうな曲」がないかと訊いたそうです。
その時にハル・デヴィッドさんが持ち込んで来た曲が「遙かなる影」だったのです。

つまり、同じA&Mレコードの新人であるカーペンターズさんと、社の代表であるハーブ・アルパートさんが同時にバカラックさん・デヴィッドさんの曲を探すことになったのです。
ちなみに、その「遙かなる影」は最初に歌ったリチャード・チェンバレンさんのヴォーカルではなくディオンヌ・ワーウィックさんの作品だったそうです。

ところがこの曲を聴いたハーブ・アルパートさんは 自分にはふさわしくないと考え、リチャードさんにこの曲をバカラックメドレーに入れたらどうかと提案します。しかしながらリチャードさんはこの提案を断ります。
しかしながら リチャードさんとカレンさんは ハーブ・アルパートさんがどうもこの曲をカーペンターズさん達にやらせたいという意向を知り、単独の曲として取り上げることにしたのです。

これが後にカーペンターズさん達の名声を高めることになるのでした。後にインタビューに応えておられたリチャードさんによると、ハーブ・アルパートさんはリチャードさんへはディオンヌ・ワーウィックさんのヴォーカルではなく、譜面で渡されたそうです。リチャードさんに先入観を与えずに曲を再編成させたかったとハーブ・アルパートさんもおっしゃっていました。

以上長くなりましたが これが「遙かなる影」の発表までのいきさつでした。出典は『カレン・カーペンター 栄光と悲劇の物語』です。

ここでは、カーペンターズさんの「遙かなる影」ではなく ハーブ・アルパートさんの作品でご紹介します。

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カーペンターズさん達

来月4日はカレン・カーペンターさんの命日でありますね。
たまたま、レイ・コールマン著 安藤由紀子・小林理子訳 「カレン・カーペンター 栄光と悲劇の物語」(ベネッセ刊)を
読んでおりました。バカラックさんとの出会いの様子とか、「遙かなる影」についてブログのネタにならないかと思いまして。そして、気づいたのです。カレンさんが亡くなられたのが1983年2月4日でした。
以前に一度通読していたのですが 今、改めて読み直しています。結果がわかっているだけに最後まで読むのはつらく「栄光」にたどり着くところまでしか読むことができてません。しばらくはカーペンターズさんとバカラックさんにまつわる部分だけ取り上げたいと思います。

バカラックさんがキャロル・ベイヤー・セイガーさんと作った曲をご紹介します。
曲は「Somebodys Been Lyin」です。

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ディオンヌ・ワーウィックさんとの練習風景動画

バカラックさんのヴォーカルも聴くことができて、さらにディオンヌ・ワーウィックさんの歌も聴ける2度おいしい動画です。
曲は「Loneliness remembers what happiness forgets」です。


割と多くの方がカヴァーされていますが ディオンヌ・ワーウィックさんで初めて聴いたためか 一番のお気に入りとなっています。

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バカラックさんのヴォーカル

かつて、2チャンネル掲示板にて、バカラックさんの歌唱をへたと評する方とけっしてうまくはないかも知れないが味があるって評価と2分されたことがありました。私の実感としましては断然味がある方に一票です。「リーチ・アウト」ですっかりバカラックさんのファンになった私がほとんど同時にお気に入りになったのが「ハズブルック・ハイツ」です。ディオンヌ・ワーウィックさんのために書いた曲だとは思うのですが、編曲も声質も艶がありすぎて少し違和感を覚えたのを記憶してます。
同じく2チャンネル掲示板でどなたかがおっしゃってましたが、全曲バカラックさんのヴォーカルでアルバムを出して欲しいって書かれておりましたが全面的に支持します。
ここでは、2曲「ハズブルック・ハイツ」と「失われた地平線」の主題歌を取り上げました。


バカラックさんは他に、「Blance of nature」も歌っておられます。(You Tubeでは検索できませんでした。)
これもディオンヌ・ワーウィックさんとの競作となっていますが やはり私はバカラックさんのがお気に入りです。

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夏川りみさん

夏川さんも無事ご出産されたみたいですね。夏川さんはお子様のご誕生ってことで 子守歌や唱歌を募集されてました。実は私も応募しようかと寸前まで悩んだのですが 結局子守歌でもないし 唱歌でもないバカラックさんの曲はだめだろうと自主的にあきらめました。夏川さんのお子様がもう少し大きくなられた時、同様の歌曲を募集されるときはぜひこそこの曲をリクエストしようと思っています。映画「失われた地平線」の中でリヴ・ウルマンさんが子供達と歌っている「世界はまるい」です。

唱歌や子守歌とは別に夏川さんにはぜひバカラックさんのカヴァー集を出していただきたいと切に願っているのですが。
< リハーサル風景 >なのかな?

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ちあきなおみさん

「恋の面影」 「アルフィー」 「遙かなる影」と言えばバカラックさんの代表曲ですが 私の中ではあまり評価の高い作品ではありませんでした。これだけ多くのアーティストにカヴァーされてしかもそれなりにヒットしたっていうのは
きっと詞の内容がよかったからなのでは・・と思っていました。
 「恋の面影」をちあきなおみさんが歌ったら・・・てずっと思っていました。彼女の声とメロディはすごくマッチしていると思うのです。
 ここでご紹介するのはこの作品が一番お気に入りとなりました。

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バカラックさんとの出会いの一曲

この曲がバカラックさんとの長いおつきあいとなった曲なのです。(と、言っても一方的なものですけどね)
曲名は「リーチ・アウト」です。
結構カヴァーされているみたいですが 日本人アーティストではあまり見かけていません。(単に私が知らないだけかもしれませんが) 私が存じ上げているかぎり渡辺貞夫さんだけかも・・・。

ゆったりとしたイントロから徐々に盛り上がっていってそれから すとーんと拍子抜けされてまたイントロに戻って・・とバカラックさんにいいようにあしらわれたって感じなのですが それがすごく気持ちよかったのです。
えっと、別に変態ではありません。念のため。
さて、これは定かではない情報なのですが バカラックさんの名前が日本に伝わりだした頃BACHARACHと言うお名前をどのように発音するのかわからず 関係者の方が困惑されたって聞いております。バチャラッチャとかバチャラッハとか・・。それを「バカラック」と言うんだと紹介された方が渡辺貞夫さんだったとか。

バカラックさんの曲でどれが一番お気に入りかっていうのは難題です。いっぱいありすぎてしまいます。
でも、この曲を一番回数多く聴いていると思います。
この曲を初めて聴かれるとおっしゃる方がもしいらしたら、ぜひとも二回は繰り返して聞いてみて下さいませ。
そしてこの度、この「リーチ・アウト」が新しい解釈で歌われています。これも私の最新のお気に入りでして ほぼ、毎日繰り返し聴いております。歌っているのは、ローラ・ミシェル・ケリーさんっていう方です。

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バカラックさんの曲を気の向くままに

バカラックさんについてのご案内は後々ゆっくりとさせてくださいね。
まずはバカラックさんの新曲を・・・。
バカラックさんのホームページを見てみましたら クリスマスプレゼントという触れ込みで新曲が発表されていました。
久しぶりに往年のバカラックサウンドを味わえたような気がしてます。
また、嬉しいことに O・ヘンリーの短編 「賢者の贈り物」のミュージカルを担当されてるそうで また堪能できそうな予感がいたします。

バート・バカラックとの深イイ話(2011/01/13)
全英アルバム・チャート初登場3位を記録!!すでにイギリスでのアルバム・セールスは40万枚を突破し、プラチナ・ディスクを獲得。バート・バカラックをも魅了した歌姫ルーマーが3/9にデビュー・アルバム『シーズンズ・オブ・マイ・ソウル』を日本リリースします。31歳という遅いデビューながら、1stシングル「スロー」がイギリスのラジオで大ヒットを記録。さらにイギリスの大型TV番組「ジュールズ・ホーランズ・レイター・TV ショウ」でも素晴らしいパフォーマンスを披露しました。バート・バカラックは、ルーマーの存在を噂で知り、聴いてみるとあまりに素晴らしかった為、わざわざ彼女をカリフォルニアに呼び、一緒に曲を書こうと言ったほどです。ルーマーは以下のように語っています。「バート・バカラックに招待されたって知ったときは嬉しくて泣いちゃったわ。彼に上手いって言われたら、自分が上手いんだって自信が持てるでしょ!」バカラックも「シンガーが無駄な飾りやディーヴァ・トリックを使わずに素直に歌うのは素晴らしい!ルーマーは聴く人に何かを届けられるシンガーだ」と絶賛しており、今後の活躍が楽しみです。

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